対人距離にファインダー

ワタシ、あの作品嫌い。

と、他人に否定的な意見を言われるととりあえず傷ついてしまう体質で。

けど、ちょっとこのことについて掘り下げてみようと考えてみました。

まず、作品と私は違う存在で、私を否定したわけではない。

私とその作品との距離を確認、その人と作品との距離の確認が必要かもしれない。

似たような発想、思考の人ではないと(というか、人間が違うから)根本的に何もかも違うので、その違いを確認することに力を入れてみたいと思いました。


最初は作品を嫌いと言った人を私は嫌いと決めてかかっていたけれど、それは短絡的だなと。

それに、私も嫌いならそうよねーと同意する。逆もしかり。

その嫌いの中身を一切気にせず。

その人の嫌いと私の嫌いの違いは必ずあるはずなのに。


その人にいろいろ聞いてみたいけど、今回の件についてはディスプレイの向こう側の人なので、聞くことは叶わず。

けど、初めてその人に興味がわきました。これって進歩か変化でワッショイ案件。

けど、むやみに傷つきたくないから積極的にその人の発言を見に行くことはしたくない。

向こう側の人なので無視や知らんぷりしてていい距離だと思うのです。

けど、私の身近な距離の人と同じようなことは起こりうるので、予習というか演習というかそういうのもありかもと。


まず、空想世界で肩がぶつかったらちくいちそういう確認が必要な私だわーってなりました。

そういう確認(心探索)ってエネルギー(元気)がないと出来ない私だわー。とか。

意識するって大切だなーって最近思い始めた私。

静寂の常夜灯

covid-19をきっかけに書き始めた走り書き

0コメント

  • 1000 / 1000